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東京高等裁判所 昭和27年(う)1456号 判決

控訴人 被告人 久保正秋

弁護人 沖田誠

検察官 吉井武夫関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添えた書面記載のとおりであつて、これ等各趣意に対し、次のとおり判断する。

弁護人沖田誠の控訴の趣意第一点について

憲法第三十五条第二項は「捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ」と規定している。そして、この規定は、捜索または押収について、それぞれの場合ごとに各別の令状を必要とし、たとえば、数個の場所について行う捜索を一通の令状で行つたり、各別の機会に行う押収を一通の令状で行うことを禁示することは勿論、たとえ、同一の場所又は物に関するものであつても、ある事件について発せられた令状を他の事件に流用する等のことをも禁ずる趣旨をいいあらわしているものと解すべきである。しかし、一つの事件で同一の機会に捜索と押収とを併せ行う場合には、捜索状と差押状とを、たとえば「捜索差押状」というような一通の令状の形式で作成することは一向差支がないものというべきであろう。けだし、憲法第三十五条第二項の文理解釈上同規定がかかる令状の作成を禁じたものであるということはできないのみならず一つの事件で同一の機会に行われる捜索及び差押について各別の捜索状と差押状とを必要とする実質的な理由を発見することができないからである。ところで、記録に徴すると、所論の捜索差押許可状は布施和義に対する昭和二十五年政令第三百二十五号違反被疑事件について、甲府市太田町八十三番地の被告人方及びその同一建物並びにその附属建物内において右事件に関連があると認められる文書帳簿等一切を差し押える目的をもつて甲府地方検察庁検察官検事天野三三が請求し、甲府地方裁判所裁判官勝見嘉美の発したものであることが明らかであり、かかる令状の形式が憲法第三十五条第二項の規定に違反するものでないことは前説明のとおりである。そして、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は原判示日時、甲府市警察署巡査降矢政義、同清水彦五郎、同保坂玉吉の三名が右令状により被告人方において捜索並びに差押を為さんとした際、被告人は該事実を知りながら故なくこれを拒み、あまつさえ、不穏の言辞を弄して同人等を脅迫したり、同人等が諸般の情況により原判示手提鞄中に右事件に関連がある文書帳簿類が存在するやも計られないと判定した結果、これを差し押えようとしたところ、被告人はその差押を妨げるために同人等と格闘し、その際右降矢政義に原判示の傷害を与えたことが明らかである。してみれば、右鞄の内に前記事件に関連がある文書帳簿類がなかつたとしても、右名の為した前記職務の執行はいずれも適法なものと認むべく、又右降矢政義の受けた原判示の傷害は被告人が同人等と格闘したために生じたものであることは、前説明のとおりであるから、右傷害を目して被告人の過失に起因するものというのは当らない。されば、原審が原判示被告人の各所為につき刑法第九十五条第一項及び同法第二百四条を適用したのはもとより当然であるから、原判決には何等各所論の違法はなく論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する)

(裁判長判事 下村三郎 判事 高野重秋 判事 真野英一)

控訴趣意

第一点原判決はその理由に於て昭和二十六年五月二十四日午前六時頃甲府市太田町八十三番地の被告人方に於て甲府市警察署巡査降矢政義、同清水彦五郎、同保坂玉吉が布施和義に対する昭和二十五年政令第三百二十五号違反被疑事件につき甲府地方裁判所裁判官の発した捜索差押許可状によつて同居宅内を捜索差押をしようとして被告人や家人に右許可状を示すと被告人等はこれを見ることを拒否し被告人は右降矢政義等に対し殺されないようにしろと申向けて同人等を脅迫し更に証拠品が在中するものと認められる同所茶箪笥前にあつた布製手提鞄を携へて外出しようとしたので右警察官等がこれを差押えようとしたところ、これに抵抗し右警察官等と同所で格闘し同人等の職務の執行を妨害しその際被告人がこれを取押えられまいとして振つた腕が右降矢巡査の右勁部に当りこれが為同人に対し治療日数約一週間の右勁部打撲捻挫傷を与えたものである。として被告人に懲役六月の実刑を科したのであるが第一、本件の甲府警察署員等の行為は職務の執行行為とは云えない。即ち右警察署員が捜索差押許可状を被告人に示したことは事実であるが右許可状は本件記録に添付されてある写しの通りであつて憲法第三十五条第二項によれば捜索差押は各別の令状によらなければならない事は極めて明であるのに本件の捜索差押は同一の書面であつて各別個の令状でないから何れも無効のものである。従つて右の無効の令状による執行行為は正当なる職務の遂行とはならないから被告人が右の執行行為を妨げたとしても妨害罪を以て律することは出来ない。又第二、右令状が有効のものとしても右令状記載の趣意は建物内の捜索である事、差押え得べきものは本件に関連ありと認められる文書帳簿類である事が明である。それで被告人は警察員の捜索行為を妨げたものではなく被告人所携の手提鞄を警察員が奪取しようとしたので之を強く抱えて所持して居たに過ぎない。右令状による差押えを為し得るものは文書と帳簿類であるが右鞄が文書帳簿でない事、又鞄の中に事件に関連ある文書も帳簿も全く存在しなかつたのであるから右鞄の差押行為は令状記載以外の越権行為であつて正当なる職務執行行為と云ふ事も得ない。又第三、被告人が振つた腕が降矢巡査の勁部に当つて同人が傷害を受けたと云ふのであるが被告人は無意識に手を振つたのであつて右巡査に傷害を与えようとする意思は全然ないのであるから右傷害は過失を以つて論ずるは格別傷害の故意犯を以て律すべきでない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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